こんにちは!坂元 千裕です。
私はプロモーターとして約9年、
海外アーティストマネージャーとして3年弱働きました。
前回の記事ではプロモーターとしての働き方と、
そこから得られたものについてご紹介しました。
今回は海外アーティストマネージャー編をお届けします。
海外アーティストマネージャーになった経緯
プロモーターとして働いていた4年目頃から、
「いつか英語を使ってエンタメ業界で働きたい」
と考えはじめました。
そこから5年ほど悩みに悩んだ末に仕事を辞め、
カナダへ渡って英語を習得しました。
帰国後、前職の取引先の方にお声がけいただき、
コンサート制作会社へ就職して、
マネージャーになりました。
アーティストマネージャーの仕事内容
就職したのは文字通り、
コンサートを制作している会社で、
私はその中でアーティストケアをしました。
毎年アメリカから指揮者やシンガー達を呼び、
4ヶ月間、日本全国を回るスタイルでした。
プロデューサーやスタッフさんは日本人、
アーティストは外国人ということで、
私はその橋渡し役となりました。
具体的な仕事は、
・就労ビザ手配
・ツアー行程の作成
・ホテル、移動チケット手配
・インタビューの翻訳
・移動時のアテンド
・ステージサポート
・通訳
でした。
アーティストとは関係ないですが、
チラシやお客様への配布物のデザインも
兼任していた時期もありました。
業務で実際に大変だったこと
会場に到着するまでヒヤヒヤする
ツアー中に発生する業務のひとつに、
“移動時のアテンド” が挙げられます。
外国人アーティストを引き連れ、
飛行機や新幹線、電車、タクシーなど
各乗り物を駆使して会場を目指します。
手旗を持って団体旅行客を引率する
ツアーコンダクターを想像していただけると
分かりやすいですね。
この役割のなにがヒヤヒヤするかというと、
「会場入り時間に必ず間に合わないといけない」点です。
各会場でリハーサル開始時間や
開演時間が決められているので、
遅刻だめ!ゼッタイ!なんですよね。
移動チケットの手配ミスや乗り遅れが
許されないのは言うまでもないですが、
天候や人身事故で交通が乱れることも多々。
予定通りに移動できないこともあります。
なにせ人数や荷物が多いので一度に
タクシーを4〜6台配車する必要もあり、
特に地方公演ではかなり肝を冷やしました。
ちなみに私は方向音痴なので、
できる場所は予習として事前に
下見に行ったりしました。
人の前をスタスタ歩いて先導するのが
向いてるか向いてないかでいうと、
圧倒的後者です。
英語はそれなりでも音楽の知識がない
すでにお伝えしたように、
今回は前職からのご縁で入社した会社で、
英語スキルテストなどもなく、
このポジションにつきました。
はっきり言って、“通訳” と呼ぶには、
かなり頼りないレベルでした。
(はっきり)
それでも、アーティストやスタッフさんが、
成長をあたたかく見守ってくれたおかげで、
なんとか役割を務められました。
英語以上に私が苦労したのは、
“音楽知識がほぼゼロ”ということです。
海外アーティストと日本人演出家の会話は、
どうしても音楽制作がメインになります。
両者ともに、
「ここの演奏はこうした方がいい」
「声の出し方はこう変えてほしい」
など、専門用語てんこ盛りで意見が飛び交います。
しかし、その間に立つ通訳の私は、
まさかの音楽知識皆無なのです。
(いろんな意味で言葉にならない)
話の内容を理解してから通訳するのではなく、
「聞こえてきた言葉をそのままそれっぽく訳す」
というまさに丸投げ状態でした。
逆に、言葉が通じなくても、
私の通訳なしで音楽家同士、
ハートとハートで理解し合える場面も。
私を解雇しなかった周りの人々に、
ただただ感謝です。
それでも感じたやりがい
英語を使ってエンタメ業界で働くという、
昔思い描いた夢が現実になったのが、
まず嬉しかったです。
一方で、前職のプロモーターと同様に、
ツアー中はプライベートがほぼない仕事でした。
公演がない、いわゆるオフの日でも、
アーティストが病院に行きたがったり、
荷物を送りたがったりすると、
休日出勤になります。
地方公演が続く時は、
自分の家に1ヶ月帰れず、
ホテルを転々とする暮らしでした。
ハードではあります。
でも、ツアーのために来日している
アーティストからすると私が日本で一番、
頼りたい存在になれるわけです。
がんばらないわけにはいきません。
4ヶ月も密に一緒に過ごすので、
家族よりも家族らしい関係値です。
仕事でそんな関係になれる人が
年々増えていくのが嬉しかったです。
また、ずっと一緒に旅をしてきた指揮者が、
ある日、こんなことを言ってくれました。
“Chihiroは僕たちに
すごく感情移入して、
嬉しい時は一緒に喜んで、
怒る時は僕たち以上に怒って、
自分ごとのように捉えてくれるね。
それがChihiroのいいところだと思う。
その一方で、僕たちがしんどい時に、
Chihiroまでしんどくなっていないか、
すごく心配しているんだよ” と。
私はこの言葉を聞いた時に、
自分がアーティストをケアしているようで、
私がケアしてもらっていた部分もあった
ことに気づかされました。
こんなに素敵な人格者とつながれる環境が、
何にも変えがたいやりがいでした。
また、言葉を訳すだけではなく、
文化や価値観の違いを埋めるサポートが
少しはできていたように感じて、
心があたたまりました。
まとめ
やりがいという点においては、
輝くアーティストたちの背中をステージ袖から
見守れる瞬間も、もちろん好きでした。
でも、それ以上に、
4ヶ月という限られた期間の中でも、
アーティストと心の深いつながりが生まれることが
ほんとうに嬉しかったです。
私のこの経験はキャリアの中でも、
特に大切な時間でした。
それなのに!
諸事情によってこの会社は3年5ヶ月で去る
ことになってしまいます。
その理由はまた今度。
最後まで読んでいただき、
ありがとうございました!


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