私が仕事を続けられた理由、退職を止められたあの日

仕事

こんにちは!坂元 千裕です。

私はライブエンタメ業界に、
約12年の人生を捧げました。

1社目ではプロモーターとして9年。
人間らしい私生活を引き換えに、
なかなかハードな環境で働いていました

(当時の長時間労働や30連勤オーバーな
働き方についてはこちらをご参照。)

正直、よく辞めずに続けられたなと、
今でも不思議に思います。

実は一度、
社会人4年目に「退職を考えています」
と、上司に相談したこともありました。

それでもそこから、
さらに5年近く働き続けることになります。

なぜ、あの時辞めなかったのか。

振り返ってみると、
その理由はとてもシンプルでした。

仕事のやりがいもさることながら、
大きかったのは上司の存在です。

今回は、大変な仕事でも続けられた理由
について実体験をもとにお話しします。

コントラストが強すぎる2人の上司

この会社では約9年働きましたが、
2年目のタイミングで私は部署異動しました。

社会人1年目に仕えたのは、
ザ!体育会系な上司A。

人生で初めての上司です。

一方、2年目以降はそれとは対極的な、
文化会系の上司Bにつくことになります。

そこから異動はなかったので、上司Bとは
なんと8年も仕事をした計算です。

感慨深いです。はい。

どちらもキャラクター性の濃い上司ですので、
ひとりずつ紹介させてください。

ザ!体育会系な上司A

時代が時代なら、と言いますか、
令和以降は完全アウトな発言が出るので、
心してお読みください。

〈重要〉個人的にはこの上司も熱くて好き。

「休んだら損したと思え」

入社して早々に上司Aから告げられた言葉。

それは「休んだら損したと思え」です。
「休みの日に休むな」と同義です、たぶん。

休日は他部署の公演を見に行ったり、
手伝えるなら手伝ったりもすべし!
という考えの上司だったんですよね。

「そういう行動の積み重ねで、
他の同期と差をつけられるのだ」
とも言っていました。

まだ何色にも染まってない新入社員・坂元。

この言葉を聞いて、
「はい!この会社に骨をうずめる覚悟で
がんばります!」と決意するのです。

バレンタインの悲劇

会社ではバレンタインデーに義理チョコを
配らないといけないと信じていた私。

その思いこみから、
家でラッピングした市販菓子を
持参&配布してしまいます。

すると、上司Aがひとこと。

「こんなことやってる暇あったら、
仕事せなあかんで!」

えーーーーーーん!(爆涙)

仕事中に準備したわけじゃないのに(ボソッ)
寝る時間を削って作業したのに(ボソッッ)

砕け散る乙女心。

そっちがその気なら(?)こっちも、
用意する手間が省けて助かるぜッ!
と気持ちを切り替えるしかありません。

そんな上司Aの元で仕事をしていると、
行動や考え方が日に日に男性っぽくなる

というか、この事件以降の私、
ほぼ男だったと思います。

なんだか文化会系な上司B

上司Aとは一転して、第一印象は
なんだかゆるっとした上司B。

2年目以降は退職するその日まで、
この上司の下で働きます。

いま思えばこの上司なしでは、
9年も勤められなかったです。

「明日できることは明日やろう」

とある週の金曜日。
上司Bはこんなことを言います。

「みんなもう週末やし、はよ帰ろ」

そうかと思えば水曜日はこんな調子です。
「もう週のなかばやで?はよ帰ろ」

また、台風の日には、
「家心配やからはよ帰らへん?」

もはや、月曜日にすら、
「週のはじめやけど、はよ帰ろうや」
「明日できることは明日やろう」

もう状況はなんだっていいから、
とにかく早く帰りたいのです。

1年目に「休みの日に休むな」的環境で
育った私からすると、これが
とてもありがたかったです。

業界の特性もあり、上司Bも私も、
どれだけ早くても20時頃の退勤が限界です。

それでも、深夜まで働くのが通常の業界。
残りの業務が明日に回せる日や現場がない日に
早め退勤しやすい状況はかなり助かりました。

ちなみにこの上司は1日でも休みがあれば、
仕事終わりの深夜便を利用して
定期的に海外旅行もしていました。

ライフワークバランスの強制執行…!

失敗を絶対に責めない

私はある時、取引先をひとつ失うミスをします。

たいそう落ち込んでいた私に、
上司Bはこんな言葉をかけてくれました。

「なに?もしかして落ち込んでる?
今回はたまたま坂元さんが担当やったけど、
誰が担当してても同じ結果になってたよ」

「失敗を恐れてジッと座ってる人より、
ミスしてでも積極的に行動する人と
僕は一緒に働きたいけどな〜」

神ですか?
たぶん神なのでしょう。

さすがに9年も働いていると、
これ以外にも何度かやらかしています。

でも、思い返せば、この上司には
一度も怒られたことがありません。

怒られなくてラッキー!とはならず、
逆に「この上司だけは裏切れないな」
という気持ちが育まれていきました。

部下を全力で守ってくれる

某女優さんの移動タクシーを手配した私。

このタクシーに先方のマネージャーは
同乗せず女優さんひとりで現場へ
向かうスタイルの日でした。

ところが、私が配車したタクシーは
テレビ局Aへ向かうはずが、
テレビ局Bへ行ってしまいます。

あとで通話録音を確認してみると、
私は正確にA局行きで配車していました。

ダブルチェック用にもらった書面でも、
きちんとA局行きになっていました。

しかし、当日はタクシー会社のミスで、
B局へ行ってしまったのです。

タクシー会社のミスとはいえ、
手配した責任は私にあります。

そこで私はこの事務所の担当者から
「どう責任取ってくれるんですか」
とガン詰めされます。

私はただただ謝り侍に。

すると、上司Bは助け舟を出してくれました。

「お言葉ですけどマネージャーさんが
同乗されていないのはどうなんですか?」

え…!!(驚)

相手は案件をいただいている、しかも、
誰もが名前を知っているような大手事務所。

その事務所相手になんと抗戦体制!!

そんなことを言ったら、今後、
仕事をもらえなくなるのでは?
と心配しました。

いいんですか…!!(涙)

それだけにはとどまらず、
上司Bは私をガン詰めした人を担当から
外すよう先方に掛け合ってくれました。

「うちの坂元とあの人を
一緒に働かせたくないです」と。

そして、私は実際に、その後いっさい、
ガン詰めさんの顔を見ることはありませんでした。

この出来事をきっかけに、私はさらに
「この上司に全力でついていきたい」
「この上司を精一杯サポートしたい」
と心の底から思うようになりました。

血迷ったら止めてくれる

社会人4年目。

それまで、
2,000人規模の現場を担当していた私は、
8,000人規模の公演を任されます。

しかも、1日に3公演を1週間以上。

さらに他の現場も重なり、
気づけば1ヶ月以上も休みなし。

正直、完全にキャパオーバーでした。

そこで、頭がおかしくなった私は、
すべての現場が終わった後で
上司Bに告げます

「退職を考えています」と。

完全に血迷いました。

そんな私に対して上司Bは静かに言いました。

「たぶん、いま辞めたら後悔するで?」

「今日の話は聞かなかったことにするから、
落ち着いてもう一回考えてみて」

さらに「いろいろと任せすぎて申し訳ない」
と、マネージメントについて謝ってくれました。

冷静さを取り戻してよく考えた私は、
いま辞めたら後悔すると思い至り(愚)、
仕事を続ける判断をしました。

ちなみに、その5年後。

英語を海外で習得してエンタメ業界に
戻りたいという夢を相談した時のことです。

つまり、退職の打診(再)です。

上司Bは言いました。

「止めたいけど、坂元さんの人生やからなぁ。
こころよく送り出すしかないわ」

あの時、私の暴走を止めてくれた人が、
今度は背中を押してくれたのです。

当時の私を動かしていたもの

上司Bはつねに私のことを信用してくれ、
どんな時でも守ってくれました

だからこそ私も、ぜったいに
上司を裏切りたくないと思えました。

「この恩を仕事で返したい」
と、本気で考えていたんですよね。

これが私の当時の原動力でした。

みなさんは職場に「この人のために
がんばりたい!」と思える人はいますか?

私はそんなふうに思える人がいるかどうかが、
今後も大切にしたい価値観になりました。

転職先の2社目ではそれが再現できず、
大好きな仕事だったのに3年半で
辞めてしまいます(過去記事参照)。

また上司Bのような人に出会えるように、
そして、未来の上司に信頼して守りたいと
思ってもらえる人になれるように
働き方や関わり方を選んでいきたいです。

最後まで読んでいただき、
ありがとうございました!

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