好きな仕事を手放した理由|やりがいと健康、そして「誰と働くか」

仕事

こんにちは!坂元 千裕です。

私は新卒でライブエンタメ業界に入り、
1社目で約9年、2社目で3年弱働きました。

社会人4年目頃から「英語を使って
エンタメ業界で働きたい!」と思い始め、
1社目を退職後にカナダへ渡りました。

(退職を決断するまで5年もかかりました。)

カナダで英語を習得して日本へ帰国後は、
前職でのご縁がつながり2社目に就職。

私はそこで、
海外アーティストマネージャーとして
働かせてもらうことになりました。

手前味噌ではありますが、
夢が叶ったわけです。

海外生活を経て大好きな業界に戻り、
「またバリバリ働くぞ!」と気合い十分

再就職したその月から早速、
公演現場にも行かせてもらえて
実際にやりがいあふれる仕事でした。

それなのに!
私はそんな会社を3年5ヶ月で辞めてしまいます

カナダへ渡って英語を勉強してまで
手に入れた憧れの仕事を短期間で
手放す人がいるんですね…。

我ながら驚きです。

とはいえ、きちんと自分の価値観に従って
出せた決断だとは思えています。

どこまで話していいか悩む部分もありますが、
できるだけ正直に退職に至った経緯や
心境をお伝えしていきます。

誰かの参考になれば嬉しいです。

やりがいは確かにあった

前回の記事でもご紹介しましたが、
海外アーティストと家族よりも家族らしい関係値
を築けるのがこの仕事のやりがいでした。

仕事を通して、
そのような人間関係を構築できる環境は
なかなかない気がします。

また、この会社は私の前職の取引先で、
当時、仕事を一緒にしていた人に
声をかけていただき再就職が叶いました。

その人は数十年も
海外アーティストマネージャーとして
仕事をしていて “憧れの人” でもありました。

「私も早く一人前になって、
この上司みたいになるぞ!」という思いで、
働き始めました。

少しずつ崩れていったもの

私がアーティストマネージャーになったのは、
年齢が30代に突入してからのこと。

やりがいだけでは爆走できない側面が、
ジワジワと出てきました。

健康な生活リズム

ツアー中は睡眠時間が3時間だけ、
という日も数え切れないほどありました。

地方遠征時は1ヶ月間もホテルを転々とし、
家に一度も帰れないことも。

その翌月も2週間ずっとホテル滞在で、
1日だけ家に帰り、また次のホテルで連泊、
なんていう生活リズムもしばしば。

精神の余裕的にも物理的にも
自炊なんかは決してできないので、
食事は現場のお弁当やコンビニでした。

1社目に引き続き、
やりがい100点、健康0点の生活、再爆誕!

風邪、治らないどころか悪化

ずっとそんな生活を続けていたので、
風邪をひきやすくなりました。

4ヶ月に1回は体調を崩していました

季節の変わり目とともにやってくる坂元の不調
(嫌すぎ)

アーティストのいちばん近くにいるので、
咳なんて1コホンッもしたくありません。

手洗いうがい、常時マスクの予防むなしく、
不規則な生活のせいか、防ぎきれませんでした。

そして、さらに厄介なのが、
ひとたび風邪っぽくなると治らないどころか、
気管支炎まで悪化していました。

本来は、
「あれ?ちょっとやばいかも」と感じたら、
十分な栄養の食事、睡眠、安静で
悪化を食い止めるのが鉄則。

しかし、それは叶わない生活でした。

プライベート時間の充実性

2社目での働き方も、
プライベートの充実は難しかったです。

それも分かって入社しているので、
今さらといえば今さらです。

自分の体調が悪かろうが、
家族の集まりがあろうが仕事最優先。

マネージャーという業務の性質上、
自分が休みの日でもアーティストが
困っていれば駆けつけなければなりません。

友達と会う約束をドタキャンするのも嫌で、
休日に遊ぶ予定も立てなくなりました。

また、当時お付き合いしていた男性は、
結婚まで見据えてくれていたのですが、
一方の私は「ひとりになる時間がほしい」などと
偉そうな態度で関係を終わらせたりもしました。

思い返せば、20代から30代半ばまで、
・自分は結婚したいのか?
・子どもはほしいのか?
など一度も考えずに仕事に全振り人生でした

仕事以外のことを考える余裕がなかったとも言えます。

退職を決断した瞬間

そんなこんなで同じエンタメ業界でも、
20代と30代の働き方やそこから受ける
影響が全然違うことに気付きました。

どことなく、
「この仕事を長くは続けられないかも」
考え始めました。

それでも仕事のやりがいや
周りの人に支えられながら、
2年、3年と月日が爆速で流れていきました。

そんな中で私が退職を決断したのは、
いちばん近しい幹部と良い関係が築けていない
と実感する出来事が起きてしまったからです。

それまで散り散りになっていた違和感が、
はっきりと形になった瞬間でした。

その事件をきっかけに、
・私がここにいる意味がないな
・ここでは人生を捧げられないな
と感じて心を決めました。

ちなみに、幹部から退職理由を聞かれた際、
「あの出来事がきっかけです」
正直に言って辞めています。

(個人特定のおそれがあるため、
詳細にお伝えできずすみません!)

私が大切にしたかったもの

2社目は3年5ヶ月で辞めてしまった一方、
1社目は約9年、勤続できました。

それは直属の上司の存在が大きかったからです。

その上司は常に私のことを信頼してくれ、
トラブルが起きてもいつも守ってくれて、
だからこそ私も「この人に恩返ししたい!」
という気持ちが原動力になっていました。

「人生でこれ以上素敵な上司には
もう巡り会えないかもしれない」と思ったほど、
最高の上司でした。

ところが、私の実力や配慮不足もあり、
2社目では幹部とそのような信頼関係を
構築できなかったのです。

私は前職の上司に抱いたような気持ちなしでは、
仕事を続ける理由が見出せなくなっていたのです。

前職で良好だった環境とのギャップへの悩み
などを周囲に漏らす機会も多くなり、
健全な自分ではいられませんでした。

辞めた後どうだったか

退職前後でいちばん強く残ったのは、
2社目へ引き入れてくれた上司への
申し訳なさ
です。

紹介で組織に所属するということは、
自分の振る舞いや成果がすべて、
紹介元への評価にもつながります。

私の場合は、その上司がまわりから
「いい人の紹介をありがとう!」と言われるか、
「なんかあの人、イマイチだったね」と
言われるかは私の行動次第です。

それでいうと、私の辞め方は、
いい辞め方ではなかったと思います。

その上司だけでなく、
私の成長をあたたかく見守ってくれた
アーティストや同僚、スタッフさんに
きちんと恩を返さずに退職したことを
実は、ずっと後悔しています。

今だから思うこと

繰り返しになりますが、
私は20代と30代をライブエンタメ業界に
身を置いて過ごしてきました。

気力体力とやりがいだけで突っ走れた20代、
立ち止まって考えざるを得ない30代、
業界は同じでも頭の中は全然違っていました。

2社目を退職したことが正解だったかは、
今は正直わかりません。

「気持ちや視点を変えて、
もっとがんばってみるべきだったかも」
思う瞬間もあったりします。

それでも、仕事をする上でやりがい以外に
自分が大切にしたい価値観に気づけたのは収穫です。

私にとって大切なものは、
この人のために働きたい!と思う人が
いちばん近くにいる環境か?
という観点だと言えそうです。

退職後のリアルについては、
より詳しくこちらにまとめました。

最後まで読んでいただき、
ありがとうございました!

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