ライブエンタメの仕事を辞めて海外へ|30代でワーホリに行くまでの葛藤

仕事

こんにちは!坂元 千裕です。

カナダワーホリを経て、晴れて
海外アーティストマネージャーになれた私。

ワーホリに興味を持ってから渡航するまで
実はかなり悩みました

どれくらいの期間迷ったかというと、
5年もの年月を費やしました

長いです。

しかし、そのおかげで、
「よし!今だ!」というベストタイミングで
決行できたように思います。

今回はそんな経験談をシェアしていきます。

海外に興味を持ったきっかけ

カナダへ行く前は新卒で入社した会社で、
プロモーターとして働いていました。

仕事を始めて4年が経った頃、私は、
海外の招聘公演を担当するようになりました。

この現場では出演者もスタッフも外国人です。

誰にでも親切な外国人ですから(偏見)、
私が荷物でも運んでいようものなら、
すぐに手伝いに来てくれます。

そんな時、
英語でユーモアあふれる小話でもしたかったのに、
“Thank You” 以外に言葉が浮かびません

「あれ?学生時代はもっと英語できたよな?」
と悲しくなりました。

呆然と立ち尽くす私のそばには、
英語ペラペラの通訳お姉さん。
かっこいい。

その姿を見て、もし私も英語が話せたら、
今の仕事がもっと楽しくなるのではないかと、
ワクワクドキドキしました。

そして、気づいた時にはそれが、
「いつか英語を使ってこの業界で働きたい!」
という目標に変わっていました。

すぐに決断できなかった理由

行動力たっぷりの私は、早速、
激務の合間を縫って朝活英会話を始めました。

そこで、すぐに気がついてしまいます。

日本国内でこんなにチマチマ勉強しても、
ビジネスレベルの英語力は身につかないと。

そして、「英語を本気で勉強するなら、
退職して海外に行くべきだ」と悟ります

ここまでは早かったのに、このあと大失速。
退職するまで5年という歳月が流れます。

いま辞めたら後悔しそう

すぐに退職を決心できなかった理由ひとつめは、
「いま辞めたら後悔する」という気持ちでした。

私がワーホリに興味を持ち始めた頃、
任せてもらう仕事も大きくなりつつありました。

キャパ2,000人程度の担当公演が、
8,000人程度のアリーナ公演まで
拡張したタイミングでもありました。

アリーナ担当1年目は
分からないことがあっても、
誰に聞けばいいかすら不明なくらい、
右も左も分からない状態でした。

そんな中途半端なレベルで去ったら、
後悔するのは目に見えていました。

「この現場を完璧に
回せるようになってから辞めよう」

これが退職のタイミングの
ひとつの目安になりました。

費用を回収できる自信がない

ワーホリでしたが現地の大学に
通う目標だったので、初期費用は
100〜200万円を見積もっていました

当時の私は、貯金大好き人間。

貯金を切り崩すことに、そもそも
かなりの不安を抱いていました。

「100万円分の学びができるかな?」と、
真剣に悩んでしまったのです。

海外生活を成功させる自信が
圧倒的になかったんですよね。

安定を捨てて大丈夫かな

相当に過酷な仕事でしたが、
自分、まだまだやれます!状態だったので、
海外への興味がなければ定年退職まで
勤めきりたい気持ちでいました。

ですので、当時の私にとって、
退職する=安定を捨てる判断でした。

結果的には、カナダワーホリを終えて、
海外アーティストマネージャーになれました。

しかし、帰国するまでの間は、
次の仕事のあてはありませんでした。

年齢もこの時すでに30代へ突入目前。

そんな未定の進路への不安も、
退職の決断を遅らせる要因でした。

「失敗したらどうしよう」

このひとことに尽きます。

突然、覚醒した瞬間

すぐに決断はできませんでしたが、
いつかは必ず実現したいと考えていました。

そこで、不安や迷いを払拭するため、
それまで以上に熱心に仕事に取り組み、
貯金にも精を出して毎日を過ごしました。

さらにできる範囲で英語の学習も
地道にコツコツ継続していました。

そんなある日、突然、
カナダ出張のチャンスが巡ってきました。

次に日本へ招聘する公演の視察を
目的とした海外出張でした。

結果、これが私の
ターニングポイント
になりました。

出張時はまだまだ自分の英語に
自信がありませんでしたが、意外にも
現地の人と会話が成立したのです。

相手が何を言っているかも分かるし、
自分の言葉もきちんと通じたんですよね。

いま思えば、タクシードライバーさんや
ホテルのフロントの人と簡単な
旅行英会話をしただけです。

ですが、当時の私は、
「あれ?海外でも生きていけそう!!」
と、ぱっかーん!と開眼した気分になりました。

あまりにも不意に自信がみなぎったのです。

幸い、その頃には、
「もうやり残すことがない!」と思えるくらい、
全力で任された仕事をやり切れていました。

また、貯金も1,000万円を達成できたので、
キリがいいタイミングでもありました。

そして、私はようやく退職を決断しました。

実際に決行してどうだったか

悩みに悩んだ5年は長かったですが、
同時進行で入念な準備もできたので、
私には必要な期間だったのだと思います。

定年を迎えるまで勤続していたら、
どんな人生だったかな?
考えたこともあります。

それでも自分の決断に後悔はありません。

日本へ帰国後は夢が叶い、
英語を使ってエンタメ業界へ戻れたのも、
悔いがない理由のひとつとも言えそうです。

一方で、カナダ滞在中は学校を卒業した後、
仕事に困ってジャパレスでアルバイトしたり
コロナ禍に突入したりと濃ゆい3年弱でした。

想像していた海外生活とは違う面も
ありましたが、それも含めて、
すべての経験が資産です。

このお話はまた次の記事で。

最後まで読んでいただき、
ありがとうございました!

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